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2007年05月24日
電子回路2
さて、自分の部屋を宇宙船/ラボのようにする、という話の続きだが、中はどうなっているかというと、天井に黄色の回転灯が設置されていて、コントロールパネル(金属のボックスにスイッチ類をつけたもの)にはすべての回路・機器がつながっているという状態だ。例のドアの施錠・開錠システム、時計、回転灯、それに非常ベルである。
回転灯と非常ベルはそれぞれ好きなときに作動させることができる。時計は時間をセットでき、スイッチひとつで、その時間に回転灯と非常ベルを作動させることができる。つまり、このふたつが目覚まし代わりとなっていたのだ。朝7時ごろ、けたたましい、ジリリリリーンという非常ベルの音によって目が覚め、あたりを見回すと非常事態を知らせるかのような雰囲気が黄色の回転灯によってかもし出されている。まったく不快な目覚めとしか言いようがない。
私はよく浴槽で寝る癖があって、そう、あの日も朝方まで寝てしまった。突然、非常ベルの轟音が聞こえ、目が覚めた。あたりは明るくなっている。しかし、風呂から飛び出て部屋に戻り、非常ベルを停止させる気には到底なれない。そうだ、ブレーカーを切ってシステムをダウンさせよう、そう思い、脱衣所にあがり、すぐそばにあるブレーカーを切った。切ったブレーカーは家の北側に配電をおこなっているものなので、これで静かになるはずだ。しかし非常ベルは鳴り止まない。おかしいな、こんなはずはない。バックアップの機能などないのに。そこで、すべてのブレーカーを切ってみた。それでも鳴り止まない。
ふと目が覚め、今までのことは夢であったと気付く。しかし非常ベルは鳴っている。ブレーカーを切るとぴたりとやんだ。そして私は浴槽へと戻っていったのだ。
さて、この厄介な目覚ましシステム、父親が、「会社で火事があった時みたいに錯覚を起こすからヤメロ!!」と言われ、使われなくなってしまった。高校時代の話である。
投稿者 cgoma : 23:31 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月23日
電子回路1
私の実家の私の部屋は、北側の6畳の部屋で、家族はこの部屋を、「北六畳(きたろくじょう)」と呼んでいた。弟と一緒に使っていた時期もあるが、ほぼ私の部屋であったと思う。
さて、自分の部屋では何かと親にかくれてやるものである。私が隠れてやっていたことは、電子回路作り、つまり、ハンダごてで抵抗やらコンデンサやらを基盤にハンダ付けしていくという、アレである。母親が部屋に入ってくる直前、本などで隠すのだが、ハンダのにおいでばれる。
「またそんなんやってー!」
これでしばらくは製作ができなくなるわけだ。別に禁止するようなことではないのに、それではなぜ電子回路作りを母親が好まなかったと言うと、ハンダごての電源を入れっぱなしにして、火事になることを恐れていたからだ。ちなみに、これは小学生の頃の話である。
さて、話はとび、高校の頃となる。トンカツ屋からのバイト収入があったので、秋葉原で数万円分のパーツを買ってきた。これは、自分の部屋を宇宙船/ラボのようにするためのものであった。電子回路のキットで面白いものがあって、カードリーダー(光学式なのが痛いが)と暗証番号入力のものを買った。両方ともリレーをドライブさせるものだ。部屋のドアの右側に、これらを埋め込みんだユニットを設置した。
ユニットと簡単に言っても、キットは基盤及びキーパットだけなので、他はすべて作らなければならない。写真がないのが残念だが、プラスチックのボックスを加工して作った。そして、壁にドリルで穴を開け、屋根裏に入り、壁と木の間の隙間に磁石をつけた糸を垂らし、穴からも糸をつけた磁石を入れ、上からの糸を穴から取り出して配線用の銅線を結び、屋根裏に戻って糸を引き、銅線をたぐりよせた。
さて、カードリーダーにカードを通す→暗証番号を入力 この次は何が来るかと言うと、リレードライブの回路だ。そしてその回路は、ソレノイド及び赤と緑のランプにつながっている。ソレノイドはドアの鍵の役目を果たす。ドアは実は引き戸で(しょぼいなぁ)、ソレノイドに通電すれば、開錠(棒が持ち上がってドアがフリーになる)、電流を停めれば施錠(棒が落ちてくる、このとき、ドアが閉められていないと、棒が床に落ちるというみっともないことになる)、というわけである。
廊下から見ると、ドアの右にカードリーダーと暗証番号入力用のパッド、ドアの上には、赤と緑のランプユニットがあって、今は赤が点灯している。カードを通して暗証番号を入力すると、ランプが緑に変わると同時にドアが開錠、中に入ることができる。中に入ると、施錠、開錠のボタンがあって、好きなときに施錠、開錠ができるというわけだ。
こんなものをよく設置させてくれたと、親に対して思う。カードリーダーのユニットと、赤と緑のランプユニットは、ドリルで壁に穴をあけて配線を行い、その後壁に固定したのだから。夜には、息子の部屋の前で怪しく光る赤いランプが嫌でも目に入るのだ。私も私で、トイレに行くたびに施錠・開錠していた。言い忘れたが、外からはボタンを押せば施錠が可能だ。
うちには猫が3匹いるので、洗濯物を干すときなど、猫を私の部屋に閉じ込めておくのにこのシステムが利用できると母に説明を行ったが、どうも使われなかったようである。そしてそのうち、私も使わなくなってしまった。高校2年の冬の話である。
さて、この前実家に帰国したとき、システムが忽然と消えてなくなっていた。どうやら、壁のリニューアルを行ったらしく、業者が、「なんでこんな変なものが壁に設置されているんだ、この家は・・・」と不思議がっていたそうである。
投稿者 cgoma : 23:50 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月22日
修理
さて、今日は友人の車の修理をした。なんでも、柱にサイドミラーをぶつけてしまい、バキっとはずれてしまったというのだ。コリジョンリペアの店での見積もりによると、300ドルぐらいかかるそうで、私が見たところ、ミラーの駆動系はまったく問題なく、交換なしで修理可能と思われたので、やってしまうことに。
必要なものは、接着剤(エポキシ系)と工具。サイドミラーは車体に3本のボルトで固定されていて、ボルトはサイドミラーのユニットから出ている。車体側でナットで固定してあるわけだ。今回の事故では、ボルトがユニットから外れてしまっている状態だった。つまり、ボルトを固定しているプラスチック部分が破壊もしくは、広がってボルトが外れていた。

ボルトが外れてしまっている
修理は、ナットを外してボルトを車体から外し、ボルトをサイドミラーのユニットに接着剤で元通りに固定しなおし、再びナットで車体に付ければ完了である。

ボルトの固定が完了したところ
こうしてサイドミラーは2ドルで修理が完了した。
投稿者 cgoma : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月20日
卒業式
今日は卒業式だ。寝たのが朝だったが、9時ちょっと過ぎにHオ氏から電話があり起床。ちょっとばたばたして、氏を待たせてしまったが、11時過ぎに家を出て、OMT氏をピックアップ。ユニオンに車を停めて最初に向かったのは、学長の家。フレイジャーの南東にある。コメンスメントランチをいただくためだ。
メニューは毎年、クロワッサンサンドイッチ(ハム、ターキー、ベジなど)、チップス、ぶどう、水。ぶどうはカビが生えてたよ・・・。学長が近くにいたので写真を撮ったが、どうもあまり撮る気がしなかった。Sがしつこくせかしたのもあったが、どうもその気になれなかったのだ。で、食事後、Master用のhoodにチョコレートが付いていることに気付いて、さらに鬱になった。クッキーを食べたときに付いたのか、Sにふざけてかぶせてみたときに付いたか、分からない。
学長の家に入り、写真を撮った。しかし、なんだか気分がすぐれなかった。hoodが気になって仕方がなかったのだ(シミが付いてるから)。

何かがおかしい

シミ
そして、家の中でSと写真を撮ろうとして、Sにも黒装束を着るように言った時、Sの為に買っておいたtasselを家に忘れてきてしまったことに気付いた。あーもーやってらんねー。ユニオンに行って、新しいhoodとtasselを買うことにした。
hoodを手に取り、これはしわがあるからやだな、なんて色々やっていて、これだと決めたところに店員がやってきて、何かヘルプすることはあるかと聞く。私は、tasselを指し、エクストラでもう一本これが必要なんだ、というと、masterは黒だよ、と言われた。!!さっきまで白のtassel下げてパチパチやっていたが、どうも気分が乗らなかったのはこのためだったのか!! College of Liberal Arts and Sciences は、undergraduate が白、Graduate が黒! っていうか、Graduate School は全員黒だったのでした。ううむ、先週gownとhoodとtasselを買ったとき、店員の言うまま買うものを揃えてしまったのが原因だ。あの時は急いでいたからな。それにしても、学長、写真撮ったとき一言言ってよ・・・。
急いで学長宅へ戻る。ようやく正装となり、写真を撮った。

うむ、こっちの方がしっくりくる
この後はスタジアムに移動し、プログラムを何部かもらった。毎年出るレモネード屋がまた来ていた。OMT氏もかなり気になっていたらしく、一本おごってもらった。
KUの卒業式はつまり、walking down the hill の一言。鐘の塔に着くまでに、processionは始まっていた。Graduate School は列の最後なので、余裕で塔の近くで待っていた。しばらくしてERK氏、YK氏、SM氏、KN氏、YM氏などが来たので、写真を撮ったのだが、Sが列に入ってしまったので、私もそこで列へ。

なんでこう、だらだら書いてるわけ? ひとつ言えるのは、一回目(3年前)より感動が少なかったってこと。それと、日本で何があってもやっていけるな、って思った。それから、いつかはアメリカに戻って来たいとも思った。
さて、式が終わって家でちょっとゆっくりした後は、ホテルのレストランでディナー。もう2ヶ月もすると、こう気軽に一緒に食事を取ることも難しくなるんだろうなぁ・・・。
投稿者 cgoma : 23:25 | コメント (3) | トラックバック
2007年05月07日
レビュー
今日は生理学のレビューセッションをやった。木曜にある試験では、泌尿器系、消化器系、生殖器系が範囲となる。今日は生殖器系以外をカバーした。
そうそう、今日のDept.のセミナーは、たんぱく質の立体構造予測についてだった。以前、私が所属していた、Dr. ジャン の元同僚のDr. S.だ。長ったらしくて全然面白くないセミナーだった。もっと簡潔にやってくれよと。みんな、ハイハイ、という感じだった、と思う。おそらく、予測屋はウェストキャンパスでおとなしくしていて欲しいというのが、MBの大多数の意見ではないかと思う。
投稿者 cgoma : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月06日
カンザス大学同窓会
来月8日に、東京でカンザス大学の同窓会が行われる。私も出席予定だ。
久しぶりに友人と会えることを期待しているのだが、知っている人が少なかったらさびしいと思い、ちょっと色々声をかけてみたが、音信不通になっている人がいる。メールがはじき返されるのだ。携帯に電話したら通じるだろうか。
日本には7日に到着予定だ。同窓会は次の日だからちょっときついかな。
投稿者 cgoma : 23:48 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月05日
竜巻
7年以上前、私が、「あー、もー、アメリカに行くしかねーな」と強く思った日、二つの映画を見た。1本目は、ザ・ロック。主人公が生化学専攻だった。Biochemistry。なんていい響きなんだろうと思ったね。2本目はツイスター。ドロシーとかいう名前の装置で竜巻を観測する科学者の話だった、と思う。
今思うとちょっと怖いね。今、カンザスで生化学やってるわけなんで。
昨日カンザスで竜巻の被害が出て、とある街の95%がダメージを受けた。こういうときに不謹慎かもしれないが、私は竜巻をすぐ側で肉眼で見てみたいとずっと思っている。
何かこう、人間にはどうすることもできない大自然の力にすごく惹かれる。高校時代、大型の台風が近づいてきたとき、海岸まで行って台風を拝もうとしたのだが、電車が止まってしまい実現しなかった。この時、私のプランに大賛成してくれたHGT総大将は元気にしているだろうか。