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2007年01月16日

行き詰まり

さて、論文を書き始めなければならないのだが・・・・。

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2007年01月15日

休日

今日は、Martin Luther King, Jr. Day だ。

全然関係ないけど、日本から持ってきたうなぎを友人に食べてもらった。なかなか好評だったようである。X線検査で取り出されなくてよかったー。

とある私の知人は、検査でのりの佃煮を、「これはタールか? 開けて食ってみろ!」などと言われたそうである。

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2007年01月14日

今年初めてのミーティング

今日はJSAの役員会議があった。ちょっとゴタゴタがあったが、丸く解決してよかった。日本祭に向けて頑張るのみだ。

日本からPasoriとSuicaを持って帰ってきたので、面白いことができそうだ。携帯のEdyにも入金したしね。

夜に食べた、ジェードの、Shrimp with Lobster Sauce は最悪だった。将来、資金を作って、ローレンスに中華料理屋と日本料理屋を開くから、覚悟しておくように!

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2007年01月13日

時差ぼけ

今日は午前中にラボに行ったのだが、雪(というより小さな氷の塊)が強くなってきたので、お昼過ぎに帰宅することに。YMK氏から電話があるかなぁ、と思ってうとうとしていたのだが、気づいたら夜の10時になっていた。

MTK氏に用があったので、電話をしていたら、押し寿司の試作品があるので食べないかと言われたので、お邪魔することに。氏も時差ぼけが抜けていないようだった。

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2007年01月12日

アメリカに戻る

今回の一時帰国は短いほうだったが、内容が濃く、長く滞在している気にさせられた。

空港に行くまでに、自動販売機でSuicaを使って飲み物を買う動画を撮影した。空港では、昨日入金したEdyを使って買い物をする動画を撮影。

しかしまあ、エコノミークラスはやっぱ疲れるわ。ミネアポリスまで10時間。アドビル2錠飲んだよ。

席はビジネスのすぐ後ろだったので、入国審査は待たずに受けられた。ただし、またsecondary行きだった。secondaryは私が一番乗りで、今回はなぜか、「荷物を持ってきて、その辺の置いておけ」と言われた。いつもはこんなことないのにね。

荷物を待つこと10分。スーツケースとバッグをかかえて戻ると、すでに10人ぐらいが待っている状況になっていた。私が、「荷物を持ってきたんだけど」、というと、「もう行っていいよ」と言われ、すでに完了していた。いやあ、嬉しいなぁ。こんな待遇は初めてだよ。

税関も問題なく通過し、バッグのsecurityのシールは剥がれてなくなってたけど、無事に re-check 、乗り継ぎ便のゲートへと向かった。2時間ぐらい時間に余裕があったかな。Hオ氏とYMK氏に電話連絡。

YMK氏と話しているときに、シャトルが止まって、故障でもしたかと思ったが、無事に動き出した。アメリカ人のおばちゃんは、しきりにインターフォンの赤いボタン連打してたけど。

国内線は、席が1-Dだったので、ファーストクラスかと思ったら、そうではなく、早めに乗ったら、ドアとの距離が短くて寒い思いをした。小さい飛行機で、ファーストもエコノミーもなかったんだよね。

カンザスシティーでは両氏が迎えに来ていてくれて、帰りに中華料理を食べて帰ってきた。ここ、すごくおいしかったので、近いうちにまた行くと思う。

家で両氏におみやげを渡した後、誰もいない部屋で泣いた。

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2007年01月11日

会社訪問

今日は、内定が出ている、コンピューターストレージの会社の会社訪問だ。担当の方は、ボストンのブースでお会いした方だ。

オフィスの雰囲気はアメリカっぽかった。さすがに外資系である。ただ、撤退するときは一夜にしてなくなってしまいそうな、そんな感じも受けてしまった。まあ、撤退はないだろうけど。外資系は、グループ全体の売り上げ・利益は公表しても、日本だけ、中国だけ、のような情報の公開はしないそうである。この情報を得られないないというのは、ちょっと残念だった。

社員の方の間では、土日・休日出勤について、内定者にこと細かく言うのは禁忌であるような雰囲気が漂っているように感じられたのは気のせいだろうか。ボストンのブースでお会いした、テキサス(だったかな?)の大学を卒業されて、ボストン本社の研修に参加されていた方にまたお目にかかることができた。ちょっと疲れたような表情をされていたのが気にかかる。

一通り見て、担当者の方と1対1での話し合いになった。この方には共感できるところが多くて、「やる気のない人と一緒に仕事をしたくない」 「窓際で何もしないで高い給料もらっている上司がいるなんて許せない」 など、私が普段思っていることと同じだった。ただ、意見が分かれるのは、自分の自由な時間がどれぐらいあったほうが言いかという点だ。

すべて終了して、本屋にいたSと100円ショップに行って、必要なものを買って帰ってきた。ふう、この3日間、連続だったから疲れたな。と思ったら、もう明日帰国だ。

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2007年01月10日

工場見学&面接

今日は朝8時45分に、新宿駅で担当者の方と待ち合わせて、工場見学→最終面接。今日の会社は、半導体の製造装置メーカーだ。

新宿には8時ちょっと過ぎには着いていたのだが、動画を撮影したり、トイレに行ったりしていたら、待ち合わせ時間の2分ほど前になってしまった。待ち合わせ場所で、担当の方を探して、会えたのは8時45分だった。(もうちょっと早く行っていないとダメですね・・・)。

きっぷをもらい、あずさ9号の出るホームへ。
(中略)

工場へは駅からタクシーで10分ほど。受付で書類に記入し、入場証をもらい、敷地内へ。まず入ったのが、片側がガラス張りになっている廊下で、クリーンルーム内の様子がよく見えた。それにしても、装置、でかいね。

一通り見て、次の建物に移動。社員食堂で飯だ。ところが、まだ開いていなかった。しばらく待って、好きなものを、と言われ、カレーと串カツ、それにサラダを選んだ。スタイルはよくある日本の大学の学食のようだった。アメリカのカフェテリアにくらべたら全然いいが、日本でいったら普通のレベルかな。

食べ終わって、食堂がつながっている建物の中を見て、次の工場へ移動することになった。移動はタクシー。また10分ぐらい走ったかな。

富士山が見えるところにあるので、地震の対策はどうなっているかと思ったら、耐震構造を説明するパネルが廊下にあった。案内されたのは、液晶パネルをの製造装置の組み立て現場。でかいね。シャープ、サムソンなどが顧客だそうだ。

一通り見て、工場見学は終了。電車で都内の本社へ向かった。最終面接を受ける為だ。駅からは社員専用のバスが出ているが、時間が合わなかったので、タクシーを利用。

最終面接には、社長による面接だった。やけにニヤニヤされているなぁ、と思ったら、私の適性検査の試験結果が原因だった。社長曰く、

「こんな人は、今まで見たことがない」

詳しく知りたい方は、私までどうぞ。なごやかな雰囲気の中で面接は進み、何か質問はということで、日本のメーカー・製造装置メーカーが協力して会社を作る話はないのか、韓国・台湾の台頭、について聞き、最後に、「社長になれますか?」と言う質問をぶつけてみた。

そんなこんなで面接は終了。バスで駅まで移動し、東京駅でSと待ち合わせ、銀座の料理屋へ。ここは、タッチパネルでオーダーを取るということで、期待していったのだが、そんな機械はなく、聞いてみると、夏の間だけの試験導入だったそうだ。「機械ではなく、私どものサービスをぜひ」 ということだったが、サービスは普通だった。

明日会社見学が1つあるが、そこはもう内定が出ているので、気を張る必要はない。ボストンキャリアフォーラムから始まった私の就職活動は、とりあえず今日で節目を迎えることができた。ここまで来るのに、Sを初め、YMK氏、Hオ氏、MTK氏らの多大なる協力、それに家族の支えがあったこと、深く感謝している。

そして、今は元気に走り回っているパットに、ありがとうと言いたい。

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2007年01月09日

プレゼン&面接

さて、今日は本番だ。気分を落ち着かせる為に、Sと新宿で待ち合わせをして、お昼に天ぷらを食べた。それから渋谷に移動。今日は駅からすぐにオフィスがある、ITコンサルティングの会社だ。

場所を確認して、近くの喫茶店で頭の中でプレゼンを繰り返す。20分前になり、会社へ移動。受付には、タッチパネル式の受付機があった。受付を済ませ、しばらくして社員の方がみえて、会議室へ通された。すでにノートパソコンがプラズマディスプレイに接続され、最初のスライドが表示されていた。

動画が再生されるか確認すると、再生されなかった。パワーポイントに動画が埋め込まれるのではなく、リンクとして張っているだけなのか! と気づいたが時はすでに遅し。動画のファイルは持ってきていなかった。事情を説明するしかないだろう。

しばらく待って、担当の方が。二次面接の時と同じ方だった。まずはプレゼン。変なミスもなく終わったと思う。それから質疑応答。あまり気の利いたことは言えなかったが、担当の方がこちらの思いをうまく表現しなおしてくださるような形で進んだ。50分ほどで終了した。

終わって一気に脱力した。疲れたなぁ。この後Sと、上野動物園へ。ところが、休園日だった。プランを変えて、歩いて旧岩崎邸へ行くことに。


このあとはSと分かれて、私は秋葉原へ。日本祭で使うELパネルやらを買いに、秋月電子に行くためだ。この店がなくなったら、困る人は多いだろうなぁ。

そうそう、秋葉原の有料トイレにも行った。写真と動画を撮った(日本祭用)。すぐ前のヨドバシで、チケットの用紙やらを買って、帰路についた。

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2007年01月08日

5分間のプレゼン

プレゼンのファイルの提出期限が迫っている。ビデオカメラから動画を取り込んで軽く編集したりしていたら、時間が迫ってきた。

ちょっと盛り込みすぎて、実際にプレゼンをやってみたら、急いで、つっかえずにやって5分ということになってしまった。これはちょっとキツイな。喋る内容を削ったりすればなんとかなると思って、多少スライドを少なくしたりしていたが、3時57分になったので、送信。ところが・・・・、

ファイルサイズが大きすぎて、はじき返された。この時、3時59分。

予想はしていたので、そそくさとウェブ上にアップして、この件に関してのメールを送信しておいた。
ファイルはできたので、あとはプレゼンの練習あるのみ。でも、気分転換にシレンを。ところが、63階あたりで、ガイコツ野郎におにぎりに変えられ、冥王の攻撃で死亡。まさか! やっぱりやまびこの盾は必須だった・・・・。

死んでしまったので、風来救助をしてもらうまでプレイはしないだろう(家に無線ルーターがないので、アメリカに帰ってからになるか・・・)。

夜遅くまでプレゼンの練習をしてから寝た。

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2007年01月07日

準備をしなければ

9日に最終面接を受ける会社は、最初の5分で、自己アピールプレゼンをしなければならない。パワーポイントで作ったスライドは、提出期限が明日の午後4時だ。

DS版の風来のシレンを、気分転換にやったりしつつ、少しずつスライドを作っていった。夜は時間をセーブする為に、回転寿司へ。


食べなかったけど一応パチリ


シャリの握りが甘かったりして、やっぱり寿司は大将のいる寿司屋に行かねーとダメだな、ということを再認識した。

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2007年01月06日

買い物をして帰宅

今日は起きたのが10時頃だった。南千住のうなぎ屋に行こうと思っていたが、明日は嵐になる、という予報だったので、前の晩に行くのをやめたのだ。

お昼は弟がアジの干物、玉子焼き、味噌汁を出してくれた。それと、昨日の大根。味がさらにしみていた。3時頃出て、新宿と秋葉原で日本祭に必要なものを買って帰ってきた。

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2007年01月05日

最終面接

今日は、2社、最終面接を受け、1社、適性検査を受けた。2週間以内に結果が分かるだろう。

最初の会社は、立川のちょっと先にある、分析機器メーカー。歴史ある会社で、建物も歴史が感じられた。3階の待合室でしばらく待って、担当の方が出てきた。面接室に通され、しばらく待った後、面接官とさきほどの担当の方が現れ、面接開始。

どうして留学したのか、は必ず聞かれる。それと、なぜその職種を希望なのか、も聞かれる。私は営業希望ということで、その理由を聞かれた。
①理系の知識・考え方を生かして、商品の説明
②人とコミュニケーションをとるのが好き
③自分で研究を続けるより、もう製品になっているものの良さ、素晴らしさをアピールすることの方が自分に合っている
この3つを答えるようにしている。どれも嘘ではない。これら裏付ける実際のエピソードにも事欠かない。

実際の入社時期となると、卒業に影響されるが、「9月入社」とはっきりさせた。

質問はあるかということで、キャリアパスについて聞いてみた。古くからある日本の企業ということで、亜米利加式の変なキャリアパスやら人事評価制度、勝ち組・負け組みに分かれるような実力主義なところはないようだ。ただ、終身雇用ともとれるような状況のようで(退職後も、希望者は関連会社に出向できる)、新卒の離職率が5%というところからも、安定志向な学生には穴場のように感じられた。ただ、高給取りになりたいのであれば、刺激が少ないかもしれない。この会社の技術に惹かれたのであれば、刺激や給与は関係ないが。

面接が終わって、別の方に会社内を案内してもらった。印象は、「大学っぽい・・・」。廊下を歩くわけだが、部屋の中が見えるようになっていて、どんなものを実際に扱っているかをうかがい知ることができた。
それにしても、野郎が多いなぁ・・・。女性社員は1割ほどだという。

全て終了して、電車で次の目的地に向かった。品川区にある、山手線のとある駅だ。相手は大手メーカー。ちょっと時間があったので、ゲートシティ大崎にあるとんかつ屋で昼飯(うまくなくて、残し)。時間15分前に受付に着いて、受付票に記入後、会議室に通された。しばらくして、担当者が登場。受付票にサインしてくれ、部屋を出て行った。それから随分待って、さっきの担当者を含む3人が現れた。

営業部長、あと2人は人事部の人だろう。人事の人が話し始め、どうして営業なのか、どうして留学したのか、などの話が始まった。この会社の最終面接は、マッチング面接と言って、実際自分が配属になる部署の人と面接を行うわけだが、最初は人事の人とばかり話した。隣に座っている営業部長は、腕組をして聞いている。しばらくして、「ってことであってますか?」と、人事の人が確認を取るシーンも・・・。

営業の仕事って、どういうものだと思っているか、という質問には、「ハッキリ言って分からない」と正直に答えた。ただ、自分の想像していることは伝えたつもりだ。実際に扱うものを聞いてみると、CCD、バッテリー、などらしく、ちょっと興味が薄れてしまった。業務用の映像機器の販売、とボストンの面接では聞いていたからである。今、前に座っているのは、デバイス部門の営業部長だったわけだ。デバイスとは、一般消費者に提供される商品になる数歩前の段階のモノで、ビデオカメラなどに搭載される ccd、ノートパソコン用バッテリー、デジカメ用の液晶画面、などがあるわけだ(バッテリーは最近大問題になったね・・・)。

業種としては、技術営業となり、自社のエンジニアと顧客である会社のエンジニアとの間に入って、こっちの売りたいもの、向こうの欲しいもの、の間でちょこまか動く、というものだ。小さい会社だと、一人で10社ぐらい担当するらしい。ccdを売るわけかぁ。バッテリーは買ってもらえるのだろうか??

まあ、そんな話をしていて、学生時代に最も力を入れたことは、という話になり、例のSuicaのエピソードを話した。昨日4時間しか寝ていなかったせいか、肝心の FeliCa というキーワードを言い忘れ、JR東日本のもの、というイメージで話しているかのような印象を与えてしまったのは、ちょっとよくなかった。FeliCa を開発したのは、この会社だからである。「Suica は他社だけど、FeliCa はうちですよ?」と言われたが、そんなことは分かっている。まあ、私が勘違いしていると向こうが受け取ったら、それはそれまで。

「Suica事業部に行く気はないのか」 と聞かれ、少し困ってしまった。そんなところがあることは知らなかったし、そっちに行きたいと言ったら、今やっている技術営業のマッチング面接はどうなるのだろう? 適当に、実際どういうものか分からないので、いまのところ、そういう意思はない、ということにしておいた。

なんだかんだ言っても、大企業に入ることはないと決めていたので、どうでもいいと言えばいいのだが、多くの内定を取って、パットに捧げるという目標があったので、一応。

これが終わって、下でSと合流して、月島のもんじゃ焼き屋へ。最初は、自分流で焼いたが、隣で店員がやっているのを見て学習し、2枚目はプロっぽく仕上げた。Sに経験だからやってみろと何度もやらせるも、見たものをそのままやる、ということに抵抗があったらしく、途中で放り投げてしまった。ヤレヤレ。私が、立てひざで、店員がやっていたように、音を立ててキャベツを切って潰すように混ぜ、生地を入れて、ドロドロになるまで混ぜてから広げた。私は集中してやっていたのだが、Sは引いているし、隣のガキは私の方を、珍しい生き物を見るような瞳で見つめていたという・・・。

なにごとも経験でしょ~? 店員がやっているようにやって何が悪い。店員も喜ぶだろうが。

まあいい。食べ終わって、「やっぱりお好み焼きの方が好きだな・・・」などと思いつつ、金額を見ると、3700円! 高すぎだろう。もんじゃ2つでこんなに取るのか・・・。次はお好み焼きか、900円ぐらいのものにしよう。ちなみに、もん吉という、芸能人の写真やらサインでいっぱいの店だった。そいうところは、ダメなんだよね(ハワイの焼肉屋Hiroshiで経験済み)。

Sと分かれた後は、半導体製造装置メーカーの最終面接前の、適性検査を受けに、竹橋にある会場へ向かった。適性検査の会場はいくつかあるのだが、一番近いここで受けることにしたのだ。受付で、受験票(ネットでログインして、印刷)を身分証明書を出して、しばらく待たされた後、試験会場の部屋の指定された番号の席に座る。机にはDELLのノートパソコンがあって、国語・数学・性格診断の検査を受ける。

1時間ぐらいで終わってどっと疲れたが、すぐに弟が住んでいる、田園調布のアパートに向かった。駅まで迎えに来てくれて、色々話した。弟が大根を煮ていてくれていた。近くのコンビにで買い物をして、飲み物などを揃えた。


いかにも日本っぽい


弟の料理は結構いけるものが多いんだよね。味付けは濃かったが、濃いほうが好きなのでご飯が進んだ。


食後に、さっき買った菓子パンを食べたのだが(弟が食べたがっていたので)、まずくて食べられなった。日本は物があふれているけれど、コンビニ弁当などの類は、口にも入れられないと思った。ゴミ野菜使ってるんでしょ? 安全でおいしいものが食べたい。安全な食材でおししいものを作って食べたい、そう思った。

風呂は狭かった。

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2007年01月04日

明日は面接だ

明日は面接だというのに、だらだらしてしまい、準備をしていて、寝たのが午前2時過ぎになってしまった。

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2007年01月03日

カラオケ

今日は夕飯にすき焼きを食べた後、父と弟と3人でカラオケに行った。私が歌った曲の一部を紹介しよう。

石焼イモ(2000年、ブリーフ&トランクス)
子供達を責めないで(1983年、伊武雅刀 白い巨塔の鵜飼先生)
コンピューターおばあちゃん(1981年、酒井司優子)
夢想花(1978年、円広志)
怪傑黒頭巾作詞(1976年?、つボイノリオ)
別れても好きな人(1980年、ロス・インディオス&シルヴィア)

偏っていると思うかもしれないが、スイミー、粉雪、桜、ここにしか咲かない花 なども歌ったので、引かないように。あ、妖怪人間も歌った。

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2007年01月02日

母の実家へ

今日は弟と母の実家へ。母は三越へ買い物、父は調布のおばの家へと出かけていった。

お昼頃行ったので、飯は雑煮とおせちだった。じいさんが生きていた頃は、臼で餅をついていたが、今では餅つき機で作って、板にして、切り餅を作っているそうだ。夜はうな重をとるからと言われたが、4時頃には別の親戚の家に行く予定があったので、断った。

お昼の前に、私と弟が墓参りに行くと言うと、おばが何人か一緒に行くと言い出した。帰りにお稲荷さんに寄っていった。ここはもうその存在すら忘れていたが、視界に入るものはすべて懐かしさを感じた。


さて、次の親戚の家は85歳の叔母の家なのだが、私のいとこと奥さんは、奥さんの実家に出かけていて留守だった。叔母が1人で家にいたので、色々と話ができてよかった。おしりにあるイボは痛くも痒くもないから、飾りで付けておくんだと医者に言ったら、随分ハイカラなこと言うねぇと言われたらしい。

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2007年01月01日

今年の正月は

毎年、おせちを作る家庭が減ってきているのではないだろうか。うちでも、毎年、どこからか取るようになってしまった。今年は、美濃吉という店の3万8000円のおせち。私が日本にいたら、白身の魚からかまぼこを作ることから始めるだろうに。雑煮は母が作った。


今年は正月は、一時帰国しないつもりだったが、色々な人のお陰で今日を迎えることができた。この短い時期を大切にしなければ。食後しばらくして、近くの神社に初詣でに行った。


昼前に、父と弟と一緒に、祖母を迎えに近くの老人ホームへ。


4人部屋だ



クリスマス会も毎年やってる


祖母以外は、腹がいっぱいだったので、お昼に祖母は1人でお雑煮&おせちを食べていた。後で聞いたら、お雑煮を食べてもらうために呼んだそう。老人ホームでは餅が出ないのだ。


やることもないので、久しぶりに父の鉄道模型を出して遊んだ。



猫怪獣によって脱線

投稿者 cgoma : 23:23 | コメント (2) | トラックバック